2021年12月28日。
私は、大阪の道頓堀で途方に暮れていた。
人があまりに多すぎる。
年末の道頓堀は、それはもう老若男女問わず多くの人でごった返し、人間のるつぼと化していた。
ここが大阪独自の文化を形作っている中心地なのだと、初めは興味津々に闊歩していたが、
どこまでも続く喧騒にビビりまくり、キャッチやナンパが怖くて、親子連れやカップルの後ろで隠れるように歩いていた。
この世でいちばん人混みが苦手な私にとって、この状況は苦行に近かった。
では、どうしてそんな小心者の田舎者が、わざわざ年末の道頓堀にいるのか?
それは、推しに会うためだ。
そう、私は推しに会うために、雪国から3時間かけて自ら人間のるつぼへ足を踏み入れたのだった。
私の推しは、俳優の松田凌さんである。
松田さんは今年で俳優生活10周年を迎える。そんな大変めでたい節目の年に、20代の集大成となる写真集「TEN」を発売。その記念イベントが28日、道頓堀のTSUTAYA EBISUBASHIで開催されるのだ。
推しから直接写真集を受けとり、良いお年をと言ってもらえる。
こんなに縁起のよい年末はこの先きっと訪れまい。
それに、会いたい人には会える時に会いに行け。と、推しがいるオタクの標語のようなフレーズが頭に浮かび、すぐさまチケットの申し込みフォームへ飛んだ。
そんな経緯で年末の大阪行きが決まり、大雪のなかで健闘する特急列車に飛び乗った。
列車の中で何度も脳内シミュレーションを繰り返し(気持ち悪い)、たとえ本人を目の前に頭が真っ白になろうとも、最低限の言葉が紡げるよう練習を重ねた。
50分遅れで列車がJR大阪駅に到着。
梅田ダンジョンに苦戦しながらも地下鉄に乗り、なんば駅に到着。
そこから徒歩5分ほどで道頓堀にたどり着いたところで、冒頭の私に戻る。
つまり、大阪に来てからものの15分で、私の気力は底をついたのだ。恐るべし、人間のるつぼ。
本当は道頓堀の店頭大型ビジョンに映る松田さんの映像(イベント当日限定!)を眺めたかったが、どうしても戎橋に近づく勇気がもてず諦めてしまった。自分の不甲斐なさに、さらに落ち込んだ。
※イベント後、TSUTAYA EBISUBASHIさんのTwitterアカウントにて、松田さんの映像を載せてくださり、嬉しさのあまり宿泊先のホテルで泣いた。
きっと空腹が満たされれば、少しは回復するかもしれない。そう信じて、私は自由軒へ駆け込んだ。
自由軒の名物カレーは、織田作之助の「夫婦善哉」にも出てくる、ずっと食べてみたかったグルメだ。
店内に入ると面倒見の良さそうなおばちゃん×2がテキパキと席に案内して注文を取ってくれた。ぎりぎりまでオムライスと迷ったが、ここは名物カレーを食べておこうと心に決めた。
よくよく考えたら、これから推しと会うのにカレーを食べていいのかと、不安が頭をよぎった。しかも名物カレーは想像よりはるかに辛く、おばちゃんが注いでくれたお冷2杯と追加で頼んだペプシコーラ(330ml)を飲み干してしまった。辛いカレーと水とペプシコーラで胃袋はカオス状態。もう一度言うが、これから推しに会うのに大丈夫だろうか、私。
その後は混沌の胃を落ち着かせるべくなんばグランド花月まで歩いてみたり、TSUTAYA EBISUBASHIの3階にあるコスメ売り場を冷やかしたりして時間を過ごした。
集合時間にあわせて受付場所へ行くと、あっという間に自分の番号が呼ばれて、気づけば待機列までたどり着いてしまった。私の整理番号は11番だったのだが、気づけば待機列で前から3番目に並んでいた。どんな飛び級だよ。私より整理番号若い8人は一体どうしたんや。
大きな衝立の向こうには、おそらく松田さんが待機されている空気をひしひしと感じる。スタッフの方々の様子から、どうやらもうすぐ始まるらしい。
待って。
早すぎる。
こちとらまったく心の準備できてないんだ。
せめてこの身から発するカレー臭がなくなるまで待ってくださいお願いします。
内心焦りまくる私をよそにイベントは始まった。
事前に考えてきた言葉を心の中で復唱しながら、自分の番が来るのを待った。緊張で整理券を持つ手が震える。
写真集発売イベントの参加自体初めてだったので、細かい進行は全く分からなかった。参加者はたくさんいるだろうし、きっとベルトコンベア式に1人あたり5秒くらいで進むもんだと思っていた。しかし、先陣切ったファンの方が衝立の向こうへ消えてから松田さんとお話されて帰ってくるまでの時間は、私の体感で30秒くらいに感じられた。
え、長くない??
あんな男前と30秒も向かい合う時間を用意してくれてるとか、粋な計らいすぎる。
松田さん今日一体何時に帰れるの?大丈夫?
推しの実働時間が気になりさらに緊張が高まる。
そうこうするうちに、ついに私の番が来た。
全くもって心の準備はできなかったが、ここまで来たら腹をくくるしかない。
スタッフの方に促され衝立を越え壇上に上がると、思わず息をのんだ。
目の前のアクリルパーテーション越しに立つ松田凌さんは、黒のニットに黒マスク、くしゃっとさせた前髪の下から覗く、凛々しい眉に、力強い目。マスクをつけていても分かる、優しい笑顔が眩しかった。
か、かっこいい〜!!!!!!
え、そんなに顔小さいのに目溢れそうなほど大きいってどういうこと??
松田さんの黒ニット姿が似合いすぎてて、偶然にも黒ニット着てきた自分が申し訳なくて今すぐ服屋さんに服返しに行きたくなった。
当たり前だけど、ご本人が私の目の前にいた。
これは毎回思うことなんですが、肉眼で拝見する松田凌さんってものすっっっごく男前なんですよ(もちろん写真や映像の松田さんも果てしなく男前ですが)
一瞬だけそのお顔を盗み見てから、俯き気味にパーテーションの前に立つと、松田さんはしっかりと私の目を見て「こんにちは」と挨拶。
り、律儀〜!!!
あまりの律儀さに、ちゃんと自分は挨拶を返せたのかどうかもはっきり覚えていない。
きっと最初の人からいちばん最後の人まで、こうやって来場者ひとりひとりにしっかり向き合ってくれるんだろうなと確信した。すごく松田さんらしい真摯さだった。泣ける。
そしてパーテーションの窓から写真集を受け取る。
写真集の端と端を持つ松田さんと私。
しばしの沈黙。
あかん、ここで話さねば松田さんが困ってしまう…!
と意を決して、
ファンになってから来年で10年になること。
これからもずっと応援し続けること。
良いお年を迎えてください。
と、ここまで一息で伝えた。
松田さんは言葉ひとつひとつに丁寧に反応してくださった。ファン歴10年のくだりでは、「同じ○○○だね!」と応えてくださったのに本当にすいませんこの○○○の部分がどうしても聞き取れず、かといって推しにpardon?なんて口が裂けても言えなくて聞こえた音をそのまま脳に刻みつけるのに必死でした。松田さんはこんな挙動のおかしな私にも笑顔で接し、最後に「またね!」と手を振り見送ってくださった。
え、「また」会いに来ていいんですか…
(気持ち悪いですねすいません)
こうして私の夢のような数十秒間が終わった。
私、道頓堀に来て良かった。
雪も人混みも越えてここまで来て本当に良かった。
そして、なにより嬉しかったのは、松田さんがこの10年間ずっと舞台に立ち続け、それをずっと応援できたこと。
この10年、色んなことがあったと思います。
嬉しさ、悲しさ、悔しさ、やるせなさ。
色んな感情もない混ぜにして、
演劇が好きという熱い想いで駆け抜けてきた年月は、松田さんの血肉となって舞台上で昇華されていました。
演劇を愛し、演劇に愛された男。
それが俳優・松田凌だと思います。
そして松田さんは、ご家族をはじめ事務所の方々、仕事仲間、ファンの方々から、自分へ注がれた愛情を臆せず受けとめ、それ以上の愛情で返すことのできる人だと改めて感じました。
こんなに素敵な人に出会えて、好きになって、長い間応援できて、本当に幸せです。
松田凌さん、並びに事務所の皆様方、素敵な写真集をありがとうございました。そして、今回イベントを開催してくださって本当にありがとうございました。
イベントのおかげで、早朝からの移動と人混みで削られた気力がみるみる回復していった。
今なら道頓堀だって堂々と歩ける!
そう息巻いてTSUTAYA EBISUBASHIを出た瞬間、キャッチのお姉さんに声を掛けられました。
オチがついたところで、私のイベントレポを終わります。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
松田凌さんの写真集「TEN」は好評発売中です。
一家に一冊、いかがでしょうか。
それでは皆さまよいお年を。